2007-09-17
ミクシの中で少し精神関係についてやり取りがありましたので、僕のレスを一部書き換えて(ついでに書き足して(^^;)ここにアップしておきます。。。
話がつながるように直したつもりですが、どうしても目が行き届かず、どこかつながっていない部分があるかもしれません。m(_ _;)m
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医学というのはややこしいもので、先ず患者に何らかの症状/症候があり、それを鑑別診断しなければなりません。そしてその背景にはそれを理解しようとする様々な理論(病理学)があります。
ですから、ここでは医学の中でも精神科の話ですが、日常的用法としての日本語で捉えると、どうしても無理が生じます。それは、僕が前の日記「覚え書きの寄せ集め」で folk pshychology と書いて批判したものを想起させます。
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※ folk pshychology について…(前の日記から引用)
folk psychology という言葉がある。訳語として現在では何が定着しているのか知らないが、僕(たち)は学生の頃「通俗心理学」という訳を使っていた。心理に関して個々人が持つ、一般的で常識的な理論を指してこう呼ばれる。特に検証を受けたものではなく、自らの体験と一般的で社会常識的な枠組みから成る人間心理に関する体系で、体系ではありながら非整合的であることを特徴として含めてもよい。
多くの人がこの folk psychology を使って他者の心理を理解しようとしている。それ自体は人間が発達段階で遺伝と環境によって得ていくものだから、良いとか悪いとか言うものではない。しかし、いつまでも folk psychology を信じていると、実際の心理学とは随分異なった信念を得る可能性がある。
現在学問として成立している心理学が必ず正しい(=真である)などとは、全くもって言うつもりはないが、 folk psychology だけを参照していては視野が狭くなると言うことは可能である。そして、この folk psychology は良い作用もするが、時として偏見→差別の原因となり得、もし、人権や差別に対する「感覚」を培おうとする場合があるなら、その妨げとなるだろう。
補足として……。理由はここではさておき、何故か人は自分の心については自分が(時には最もよく)知っているという、一種の思い込み(信念やドクサ)がある。精神科になると、それは当然のように顕れる。しかし不思議なことに、内科や外科になると、専門的なことは専門家である医者にしか分からない、と考える傾向があるように思う。
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folk pshychology で精神疾患を考えるときの危うさとして、例えば、鬱病(特に中度〓重度)の方、或いは急性期や回復期の方に、或る人が、自分の中で今までに得た心に関する理論を当てはめようとすると、場合によってはその人を追いつめることになるでしょう。(最近知られてきたように、鬱病は死に至りかねない、非常にリスクの高い病気です。ついでに書きますが、神経症も死に至りかねないリスクを持った病気です。)
鬱病でなくとも、昨今知られるようになったPTSDで特に初期の方に対しても、(folk pshychology による理解だけでは)症状が悪化する危険性があると思います。
鬱病やPTSDの認知度は上がりましたが、これらの病状がはっきりしてきたのも、長い臨床研究の積み重ねがあったからでしょう。
もちろん、その人その人にあった方法(民間療法や伝統医療……今は代替医療と呼ばれることが多いですが…)を選択して、最良のやり方を模索していくのがいいのだと思います。(だから、西洋医学だけが万能ではないです!!)
例えば、ずっと同じ動きだけして他は何もしないという症候があり、それをどうすれば緩解、快癒へとつなげられるのか。。。その病理を考えて、最も適した療法を選択する。
関節が痛いという症候がある。それにはどんな病理的原因があるか考えて、最も適した療法を選択する。
血糖値が高いという検査上の症候が見られる、その病理を考え、最も適した療法を選択する。。。
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